劇評

世界に通用する「ありえない景色と本気の馬鹿」

演劇ライター/猫道(猫道一家)

1.開幕ペナントレースはわからない

ステージ中央にアフロヘアーの男が独り立ち、切なげにこうつぶやく。「両手にジャー。心には傷。あたし、炊けてますから。」突如として感動的なバラードが高らかに鳴り、上空から発光する炊飯器がゆっくりと降りてくる。場内はどよめき、オーディエンスからは笑い声と拍手が沸く。これは今年の4月、このアサヒアートスクエアで行われたパフォーマンスの祭典「マムシュカ東京」での一場面である。この日、開幕ペナントレースはトリを飾り、拍手と歓声に包まれて濃厚な新作披露を終えた。イベントを締めくくるのに相応しい素晴らしいアクトだった。ここで、もう一度冒頭の情景をリピートしたいと思う。ステージ中央にアフロヘアーの男が独り立ち、切なげにこうつぶやく。「両手にジャー。心には傷。あたし、炊けてますから。」突如として感動的なバラードが高らかに鳴り、上空から発光する炊飯器がゆっくりと降りてくる。場内はどよめき、オーディエンスからは笑い声と拍手が沸く。お読みになって、いかがだろうか。(特にこれから初めて開幕のライブをご覧になる方)私には意味がさっぱりわからない。酔っ払って書く深夜のポエムや雑文並みにこの情景はナンセンスであり、実際に今夏に行われたニューヨーク公演のマスコミからの反響には「意味の検索からの解放」という言葉があった。
意味を考えなくていい作風という解釈だろう。さて、ここで疑問が一つ。全く意味がわからないのに、何故私は先ほど「素晴らしいアクトだった」と書いたのだろうか。拍手と歓声が起きたのも何故?少し詳しく書いてみようと思う。開幕ペナントレースの魅力はそこに集約されると思うのだ。

2.ありえない景色と身体

 私が学生の頃、今から10年近く前の話だ。ファーストフード店で友人がポツリと言った。「あー。プテラノドンとか飛んでねえかな。いつだって現実は人の想像を超えらんねえよ。」その日、私達は伝説の廃遊園地を探しに、雨に濡れながら野山を歩き回ったのだが結局見つからず、げんなりしながらフライドポテトをつまんでいたのだった。もし、あの時、翼竜 プテラノドンが空を飛んで現れたらどうだっただろうか。私達はきっと度肝を抜かれ、興奮し、ワクワクしたに違いない。何故か?恐竜は動物園にいない。恐竜は模型かCGでしか眺めることができないからだ。そして、そんな「ありえない景色」が「目の前に現れる」からだ。「ありえない景色」が次々と「目の前に現れる」ことの興奮。意味や理由はわからなくても、驚きと興奮だけは確かにある。話が大きく逸れたが、私が感じる開幕ペナントレースのライブの魅力は、プテラノドンの例え話そのものだと思う。恐竜を連れて来ないで、いかに「ありえない景色」をつくり、オーディエンスの目の前に現出させるか。
それを可能にするため、開幕ペナントレースは身体を使う。舞台装置の力を極力借りずにマンパワーで演じる。考案したのは演出の村井雄だ。不可能を可能にするため、ジョージ・ルーカスは特撮を使った。押井守はCGを使った。村井雄は俳優身体を使ったのだ。意表をつく動きをみせる開幕の俳優身体をCGにすることは可能だろうが、実際に現れる生の恐竜の迫力にCGは到底追いつけない。私にとって開幕との出会いは、「現実は人の想像を超えらんねえ」という誰しもが一度は感じるであろう退屈の定説を覆すものだった。これからはじまる舞台は、「ありえない景色集」だと思って欲しい。まるでテクノのMIX CDのように、次から次へとテンポを変え、曲調を変え、新しい景色が目の前に現れる。たとえば…突如として冷蔵庫が割れて生まれるプテラノドン。都庁をついばむプテラノドン。鞄からプテラノドン。親不知がプテラノドン。自宅がプテラノドン。店長はプテラノドン。恋人がサンタクロース。意味はわからずとも、気になる羅列。各々が興味のあるときに身を乗り出せばよい自由がある。好きな景色を眺める自由があるのも、開幕ペナントレースの魅力の一つだ。

3.不可能を可能にする馬鹿力

 私達が享受する上記の興奮や自由は、実はメンバーのストイックな鍛錬の反復によって出来上がっている。しめくくりに彼らの原動力について触れておきたい。私はニューヨーク公演の前に行われた最終稽古を拝見する機会に恵まれたのだが、一月ほどアトリエにこもっての稽古は、軍事教練並みにハードなものであると感じた。「開幕ペナントレースというジャンル」は、村井節をメンバー全員で奏でるそのグルーヴが命だ。タイミングや姿勢など、細かな修正が行われていた。例えば「店長がプテラノドン」。この全くもってよくわからない景色を現出させるために必要な彼らの原動力とは「本気で馬鹿やる情熱」であることを書き加えておこう。無名だった彼らがニューヨークで絶賛された理由。それはいたってシンプルだと思う。「ありえない景色」は地球上どこ行っても同じだし、「本気の馬鹿」は言葉が通じなくても一目瞭然だからである。それでは、世界に通用する「ありえない景色と本気の馬鹿」をお楽しみください。


演劇ライター/猫道(猫道一家)

2009.11.27

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