村井雄さんと青井は、実際、親と子ほど歳が離れている。二人が、『息子』とその原作である『オーガスタス 父を探し求める』を同時上演しようというアイディアを最初に話した日、青井は嬉しそうに帰って来た。
『オーガスタス 父を探し求める』は、青井の最後の翻訳作品となってしまい、自ら演出することは叶わなかった。しかし、演出家として「息子」のような存在の、村井雄さんに演出を引継いで頂けることを、「父親」のような気持ちで、青井が見守っているはずだ。
青井陽治マネージャー カンパニー・ワン 土屋誠
【ストーリー】
12月のロンドン、夜更けの火の番小屋で老人が火にあたっていた。
そこへ一人の男がやってくる。
追われている様子の男に老人が話を聞くと、アメリカでいかさま博打をして稼いでいたというので、老人は自分の息子もアメリカで働いていると語る。
男が老人にその息子の名前を尋ねるとオーガスタスだと答えた。その名前を聞き、男はこの火の番こそ九年ぶりに会う自分の実の父親だと悟るが、息子はかたぎだと信じている父親に名乗ることが出来ない。
そこへ巡査がお尋ね者の男を捕らえようとやってくる。
捕らえられたオーガスタスだが、巡査が父親にこれはお前の息子だと見せようとした途端逃げ出す。やがてひそかに戻ってきたオーガスタスは柱の陰から父親に祈りを捧げ去っていく。
老人はオーガスタスの無事を願って、その後を見送るのだった。
【村井 雄による演出ノート】
江戸時代から現存する「蔵」にもう戻る事の無い親子の愛が仕舞われていたのだ。立会いを許された私たちは愛に時間は存在しないことに気付き始めている。
息子であるオーガスタスとその父である夜警の二人は最初からお互いに気付いていたのだとしたら。二人を分け隔てた九年という時間の流れが一瞬にして消え去っていたのだとしたら。
あの日「『ゴドーを待ちながら』と『動物園物語』この二作品の影響無き現代演劇は無い」と教えてくださった青井陽治さんを思い出している。
記憶の景色は常に自己による脚色と演出を施されているようだ。つまりノスタルジーとは現在の自己との対話なのかもしれない。
これは現在のオーガスタスによる回想録である。
私たちは常に現在を生きているのだ。